大日月地神示を知るきっかけになった話の続きです。
前回のお話「大日月地神示との出会い(きっかけ)」「大日月地神示(真実を求めて)」はこちらをどうぞ。↓
2020年6月父がこの世を去った。父の死後、度々不思議なことがあった。
夜中、ふと目覚めると寝ている私の横に立ち、私の顔をじっと見ている人影があった。誰だろう?顔を見ようと起き上がろうとすると、すぐに去って行った。去り際の後ろ姿を見ることが出来たが、部屋を出るとスッと消えてしまった。直感で父だと思った。怖さは全くない。むしろ消えてしまって残念に思っていた。
せっかく来てくれたのだから幽霊でも話がしたかった。気付かれてはいけないルールでもあるのだろうか?気付かれないようにしてさっさと消えてしまった。話をせずに行ってしまうのも何となく父らしい気がした。また出て来てくれと願ってしまった。
それから、数日して娘の夢に父が出てきた。娘から夢の話を聞きながら、私の脳裏に映像が映し出され、私も一部始終見るという不思議な体験をした。
娘の話を遮り、父が座っていた場所や父の服装、特徴などを私が見ている状況を話すと娘が驚いていた。真にその通りだったからだ。私も驚いた。と同時にこの話は、娘と私に対してのメッセージであると直感で思った。
では、娘の話を見ていきましょう!会話形式で紹介しますね。
娘:「ママ、今日じいちゃんが夢に出てきた」
私:「どんな夢?」
娘:「じいちゃんが台所の椅子に座っていて、じいちゃんが俺ここに居たいんだ(自分の家に居たい)って言ったんだ。私が夢の中で、駄目だよじいちゃん。じいちゃんには行くところがあるからここに居ちゃいけないよ。と言うと、下を見てそうかと言って消えちゃった。(うなだれた様子で納得したかのように見えたらしい)そしたら、1111って数字の1がずらっと並んだんだよ。(じいちゃんが消えた後に数字の1が宙に浮いて並んだらしい。)そして、ヘルパーさん(亡くなる直前までじいちゃんのお世話をしていた方)があっすごい!111111・・・1が並んでるって教えてくれたんだよ。」
私:「じいちゃんって白い帽子被ってない。棺に入れた野球帽」
娘:「うん。うん。それ被って出て来た。」
私:「台所の椅子ってひょっとしてトイレの前のこの椅子じゃない?」(トイレへ通じるドア前の椅子。紙に書いて位置を書いて娘に見せた)
娘:「うん。そう。えっ?何で?すごいママ」
私:「だってそこ、じいちゃんの席だもん。あんた話している時に頭に映像が出てきた。あたしにも見えてる。じいちゃん、こんな感じの姿勢で座ってなかった?」(両足を開いて映像の通り真似した)
(因みに娘はその椅子の場所がじいちゃんの席であることを知らない。昔私が幼い頃にその場所はじいちゃんの席として使っていた。いつの頃からか指定席ではなくなっていた。それに現在は、ほぼ使用しなくなっていた。)
娘:「あはは・・・(爆笑)そう。そう。そう。そんな格好してた。」
私:「じいちゃん、亡くなる直前のガリガリに痩せた感じじゃなくて何年か前のふっくらした感じて出てきたんじゃない?」
娘:「そうそう。ガリガリじゃなかったよ。なんで分るの?」
私:「死んだ人が出てくる時って、こちらがその人だと分るように出てくるらしい。そして一番良い状態で出てくるみたいなことを江原さんだったか、宜保さんだったかが言っていたような気がする。全ては偶然ってことはなく、必然なんだとも言っていた。だからこれも私達に何か伝えたいことがあったんじゃないか?」
娘:「ふうん。1111って何だろう・・・・?」
私:「何だろうね?でも、きっと意味があることだと思うよ」
それから、どのくらい経ったのだろう・・・?1年~1年半後かな??
私はついに1111の意味を知ることとなる。
2022年1月か2月頃だったと思う。夜中に届いたばかりの大日月地神示「前巻」を読んでいた。
1111「古い世が無くなり、新しい世となる」
鳥肌が立ち、これは真理だ!直感で確信した。
1111は「新たな世」が来ることを知らせる父からのメッセージだった???
「ありがとう!ありがとう!ありがとう!」父にも、ご先祖様にも、神にも神人さんにも
和人チャンネルにも感謝!感謝!感謝!
私の大事な宝物となり、私を守ってくれるお守り的な存在となっています。
これ以上の出会いはこの先あるのだろうか?いや、ない!というくらいラッキーだったと思います。
私が、「大日月地神示と縁ある者」であるなら、本当に光栄です。



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