皆さんこんにちは。あずきまめです。✋(*^o^*)✋
いつも、お越し頂きありがとうございます。∈^0^∋
すっかり秋らしくなりましね。窓を開けると心地よい風が入って来て気持ちが良いです。
青空と遠くに見える山の景色と風を感じながら、神人さんのkiyoneのCDを聴く。
時々うとうとするのも気持ちが良いです。最高です。
皆さんは如何お過ごしでしょうか?
我が家は、一時的に冷蔵庫がない生活を送っています。
ピンチはピンチですけれど、物は考えようです。
冷蔵庫が来ない!業者から連絡が来ない!と気を揉んでも仕方がありません。
その内来るから待っていましょう!
これも食料危機になった時の為の訓練。訓練。
おもちでも食べてのんびりしていましょう。
とブログを書き始めたら業者からお届けの日の相談の連絡がありました。
早速連絡が来ますか。気持ちを切り替えたら動き出しました。
ホッとしました。後数日で、訓練も終わります。良かった!
娘は訓練に付き合ってはくれず、「私ご飯いらないよ。外で食べて帰るから。」
冷蔵庫の被害から一人逃れるのでした。
そんな手もあったな。
まあ、いいや。外に行くのも億劫。数日間なら頑張れそうです。
さて、雑談はここまでにして、本題と行きましょう。
一昨日、夕方だったと思うけど。うたた寝していた時の事、夢に両親が現われました。
特に意味のある夢ではないのですが、出て来てくれたのが、嬉しいのでその夢の話しをしますね。それと、過去の私の聖霊体験のお話も後でします。最後まで是非お付き合い下さいませ。
それでは、夢の話しからどうぞ~。
私は、多分、両親の夢の前に別の夢を見ていたと思うんです。何の夢を見ていたのかは忘れましたが・・・
途中で場面が変わった所からの記憶になります。
何故か私が実家の前に居ます。夢の中では私の姿は出て来ません。私が見ている景色が流れて行きました。幽体離脱の時みたいに目線だけといった感じです。
まず、始めに私は道路側に立っていて、家と庭を見ています。
雑草が生えていて、古びた感じはありつつも懐かしい我が家がそこにありました。
庭を見ながら、こんなに庭狭かったっけ?とどこか違和感がありましたが、家の中へ入って行きました。
玄関から、勢いよく「ただいま」と入って行くと、いるはずの両親の姿がありません。
夢の中では、亡くなったという意識がないので、いない方が変なのです。いると思いながら探します。
茶の間の押し入れをガラッと開けると、母がびっくりして体を起こしました。寝ている所をいきなり起こされてびっくりして飛び起きた感じです。(押し入れなんてドラえもんみたい)
押し入れを開けたつもりでしたが、開けた時は、窓際で寝ている雰囲気がありました。(父の看病の時は、母は窓際で寝ていたのでその影響?)
母が居る場所には光が差込んでいました。まるで窓際に居るかのように。押し入れの薄暗い景色ではありません。
一瞬、あれっ?私はどこから家に入って来たんだっけ?窓からだったかな?と頭が混乱しましたが、とりあえず母が居たので、そんなことはどうでも良いと頭の隅に追いやりました。
私「何だ居たんじゃん。何でこんな所で寝てるの?じいちゃんは?」
母「ああ、お前か。帰って来たのか。じいちゃんに会ったか?じいちゃん居ないんだ・・・」
私「えっ?じいちゃん居ない?そんなはずないでしょう?」
私は、押し入れの前のベッドに目を向けました。
なぜかベッドがそこにあります。さっきまであったかな?(父は亡くなる前、押し入れの前に設置したベッドで過ごしていました)
ベッドの布団をめくるとそこに、父の姿を見つけました。
ベッドの端の方で、上半身服を着ていない状態で寝ていました。
端で寝ているからばあちゃんには分からなかったのかな?
私「ばあちゃん、じいちゃん、居るよ。」
母「・・・・・・」
なぜか母は押し入れから出て来ません。母の声もしません。押し入れが少し暗い感じがしました。
私「じいちゃん、服着なかったら風邪引くでしょ。」
父「ああ、うん。」
夏だから暑くて脱いでしまったのかな?と思いながら、布団を掛けてあげました。
そこで目が覚めました。そして亡くなった事にようやく気付くのです。
まるで時間旅行!父が亡くなる直前の世界にタイムスリップした様でした。母の来ていた紫のパジャマも、父の痩せ細った姿も、母の声、父の声も、話し方まで、何もかもが当時のままでした。
久しぶりに両親に会えて嬉しかったです。
私がはっきりとこの夢を覚えておくことが出来たのは、私が目覚める直前に見たからでしょう。
これも、北海道の神人講演会効果だったと思います!講演会に出席した人だけが知る方法。
ここでは秘密にしておきます。(バレてますが・・・)
私の両親もそれを意識して出て来てくれたのかな?
ナイスです!ばっちり覚えていたよ!今後もこんな感じて夢で会おうね!
何てこともない夢でしたが、こんな感じて両親と交流できるとは、すごいですね。
夢を見るのも楽しみになりました。
ただ、気になったのは、母は父に会えていないのだろうか?という所・・・
亡くなり方が大事だと講演会で神人さんが話されていたことを思い出しました。
父の亡くなり方と母の亡くなり方、その後の夢で感じた雰囲気から、父は霊界に行っても多分楽しくやっているんじゃないかなと思います。
キノコ採りに出かけて行ったり、魚釣りに出かけて行ったり、疲れたら家でお茶でもしているかな?何となくイメージが浮かびます。父は一人の時間も愉しめるタイプでした。
生前は父の凄さに気付けませんでしたが、もしかしたら、今時代が求めている人だったかも知れません。元気で生きていたら、数年後はスーパーヒーローになれたかも。
何でも器用に物を作ることも出来る人だったし、あの人ならきっと原始時代にタイムスリップしたとしても生きて行けそう。”生きた化石”のような人だったです。
こういう不安な世の中になると、野生的な人に近くにいてもらいたいと思ってしまう。健康で、良く働き、誠実、不安や恐れを知らない人。何だ、全部じいちゃんに当てはまっているじゃないか。全然魅力的には感じなかったけど。確かに安心感はあったと思う。
今、若くして生きていたら、きっとモテモテだったね。もうちょっと後になって生まれて来た方が良かったんじゃないか?そんな事を思ってしまいました。
一方母は、悲しさ、寂しさを感じながらこの世を去ったのではないかなとそんなことを思いました。
人生色々あるけれど、私は、自分の人生楽しく満喫して、ぽっくり逝くのが良いな・・・未練なく喜んで旅立ちたい!
そして抜け殻は(娘よ聞いておくれ)大自然に還しておくれ。私という存在があったことを誰かの記憶の中にあればそれで良い。時々思い出してくれればと思っています。娘よ、お願い。時々は思いだしてね。
そしていつか私も娘の夢に現われてみたい。どうせ現われるなら笑わせてみたい。
「怖いからもう来ないで」という存在より、「面白いからもっと来て」と言われる方が気持ちが良いしね。
明るい幽霊ってそう言えば聞きませんね。明るい幽霊になってみたいものです。
神人講演会!やっぱりすごいです。
人生変わりますね。生活の中で実感します。
私の両親もちゃんと出席していたのだな。改めて思いました。
私が神人講演会に参加すれば、私に関係のある霊存在も一緒に学ぶことになる。
私の考えは大正解でした。これからも私について来てね。旅費はただ。宿泊費もただ。神人ライブ&講演会もただ。かかる費用は体を持った私と娘の分のみ。
一緒に学んで行けば、いつか母を縛っている心の悲しさからも解放されないかな?
そんなことを願い、最近、また「大日月地神示」の朗読を再開しました。(最近はちょっとさぼっていました。)
やっぱり、何度読んでも新鮮な学びがあります。
自分の経験した分だけ、得られる事ってありますね。
私は毎回、深い愛情を感じて喜びに包まれています。ありがたいと感謝の気持ちが出て来ます。
これは、私の体験談ですが、過去に私が体験した事が、「大日月地神示」にもちゃんと記されていたのでご紹介致します。どこに記されているかは、読まれたら確認できると思います。
「大日月地神示」私の人生の答え合わせみたいにもなっています。自分しか知り得ないことなのにここに答えがあるから面白いです。
私は昔、電車の中で高次元の存在からメッセージを受けた事がありました。(私が勝手に高次元の存在だったと思っている。あくまで個人的な感覚によるものです。)
「新緑の頃、お前は生まれた。私はお前が生まれる前からお前を知っている」
これは高次元の存在からのメッセージの一部分です。
新緑の頃と一言で書きましたが、木々の葉がどうのこうの・・・覚えていないので書けないのですが、それはそれは感動的な表現で、そんな季節に私は創造されたみたいな・・・長々とおっしゃっておりました。書けないのが本当に残念です。
生まれる前?どういう事?生まれて来てからずっと見守っていたなら分かるのに・・・と疑問に思ったのでこの部分だけ覚えていたのでしょうね。
この言葉を私はずっと大切にして来ました。忘れられない貴重な体験だったからです。苦しい時にはいつも思い出していました。
この体験をしたのは、私がある事に絶望を感じ自分はこの先どうしたら良いか悩んでいた頃です。
一歩間違えればこの世を去っていたかも知れないくらい、変な気を起こさないとも限らない危ない状態だったのでしょうね。そんな私を見兼ねて現われたのだと思います。
ある日、電車に乗りながら、小説か何かを読みうたた寝状態でいると、光に包まれました。そして耳元で男性の声がしました。
男性の声に耳を傾け、目では、本の文字を追っていました。もしかしたら、その時本の文字も男性の話に変わっていたのかも知れません。その状態で話しを聞いていると、どうやら、私に関する事だというのが次第に理解出来ました。話しは、私の誕生の少し前からその後のことについて話しをされていました。恐らく誕生とは、魂の誕生の事だったのではないか?と思います。その話しを本当はずっと最後まで聞きたかったのですが、最後まで聞けない状況でした。我慢して聞こうとすれば、恐らく最後まで聞く前に私は周りから変な人みたいに思われたに違いないだろうと思うからです。
なぜなら、話しが進んで行く中で私の細胞の一つ一つが喜びに包まれ、嬉しくなり電車の中だということは分かっているのですが、踊り出したいという衝動に駆られました。私は自分の存在が嬉しくなりました。褒められている。もっと褒めてもっと褒めてと嬉しさのあまり飛び上がりたい。声を出したい!この喜びを外へ出したい!感情が溢れてきて我慢が出来ない状態になりました。小さい子供が感情を抑えられず大きい声で泣いている状態の喜びバージョンと思って頂けたるとご理解頂けると思います。
体中が喜び状態。喜びも抑えられないんだという初めての体験でした。
男の人の言葉を聞きながら、この事を全部覚えていたいと思ったのですが、それは無理で目を開けたら全部忘れてしまうという事が何となく分かっていました。それでも絶対に覚えているぞと思って目を開けて見ると、予想通り、ほぼ全部記憶から消えました。唯一残ったのはたったの一言。もっと膨大だったのに残念。
これを「聖霊体験」というのだろうか・・・・・?
この経験から前向きになれたのは事実です。その後、私の進んだ道が正しい方向に向かったと思うでしょう?答えはその逆です。今思うと、悪霊に騙されていたのでしょうね。その頃も霊現象が頻繁にありました。(良い霊も悪い霊も両方存在するのでどちらも感じましたがその頃は何でこんなことが起きるの?という疑問しかなく、良い霊悪い霊の区別は出来ませんでした。)聖霊体験もあったので、苦しい方が正解なのかな?と勘違いしていました。高次元存在が現われても、正解は教えてくれないものです。じっと見守って下さっていたのでしょうね。どんどんどんどん苦しくなって、何かおかしいなと気付いた時にやっと助けが入った感じです。
人を通じて脱出することが出来ました。困った時に人が現われたり、情報が入って来たり、そんな体験をしました。
その経験も今にして思えば天の計画だったのかも知れません。その経験があっての今なのです。「大日月地神示」に出会ってこれが真実だとすんなり受け入れる為の経験だったのかとも思えて来ます。今では、過去の自分はそういう事だったのね。と理解できます。
この経験を通して思うことは、「真実」は進めば進むほど喜びを感じる。そうでないものは進めば進むほど苦しさを感じる。
これが見極めるヒントかなと思います。特に人生終わりにしたいなんて良からぬ方向へ考えが向いた場合は危険です。その道は間違っているかも知れないと疑ってみて下さい。他の道を探して見て下さい。
人生に迷われたら是非参考になさってみて下さいね。
「大日月地神示」、信じても良いし、信じなくても良い。自由です。離れても恐怖を感じることもありません。面倒くさい儀式もありません。お金を要求されることもありません。
真実かどうか分からないという人は分からなくても良い。分からないが答えだと言います。
どんな風に感じても良い。それが「大日月地神示」です。
本当に愛されているのを感じて嬉しくなります。
感じ方は人それぞれ、あなたも一度読まれてみませんか?
あなたも新しい発見があるかも知れません。
先日、和人チャンネルさんから、興味深い動画が配信されておりました。
神人さんの講演会に目に見えない霊人が来ているのかどうなのかという、皆さんもきっと気になることだと思います。神人さんが答えられていました。
シェアします。是非、こちらの動画もご覧になってみて下さい。
最後までお読み頂きありがとうございました。(*^o^*)
またねヾ(*´∀`*)ノ


コメント
こんにちは☀。
夢かぁ…。
昔はいろんな夢をよく覚えていたけれど
今はすっからかんに覚えてない。
夢を見てるのかさえわかりません💦。
して、私は夢の中で自分の姿を
見たことがない…。
てか、起きてるときと同じように
景色を見てるので
自分で自分を見れない…。
自分で自分を客観的に見る夢も
あるんですね。
自分が出演している映画を
見る感じでしょうか?
それも面白そうですね😊。
ところでココのところ
数ヶ月にわたり《兵庫県知事》の件で
日本のメディアが異常なしつこさで
ずっとザワついているようですが
私には彼がメディアが言うほどの人に
感じられなくてなんかモヤッと
してました。
と、ほぼ同じタイミングで
1ヶ月くらい前まで
《れいわの太郎さん》の動画を
ちょくちょく見ていたのに
なんだか急に彼に興味が失せ
見ることがなくなってました。
この2つの感覚はなんなんだろうと
思っていたんですが
2,3日前に原因がわかったんですよ。
どうも《知事》の方は
《中川昭一》と同じ目に遭ってるようで
都合が悪くなると
お得意のフェイク報道を使って
失墜、もしくは亡きモノにする
いつものやり方…。
そして《太郎》の方は
やっぱり日本人の税金で
日本人より優位に在日がより豊かになる
政策を打ち出してました。
この違和感、そういうことか…。と
妙に納得しました。
そうなんです。
kurumiさんが言う通り
【嘘】は心が苦しくなり
【誠】は心を楽にする
直接的に自分ごとではない
映像の中の出来事でも
何となく今回の
《知事》と《太郎》のように
感じ取れるのです。
不思議です。
昔は散々メッチャ
騙されたり陥れられたりされていたのに
《神人さん》の影響でしょうか
騙されにくい体質になってきている💪。
少しずつ目覚めたんでしょうね✨。
世界中の人がこんな感覚になれるよう
いい意味で疑うことができるように
なれるよう
私には祈ることしか出来ないけれど
kurumiさんにはこのままこうして
無理のない程度に
ブログで伝え続けて欲しいです。
きっと心が軽くなる方が居られると
思いますよ😊。
ではまた…
新着を楽しみにしてます💖。
さいほうやさん、コメントありがとうございます(*^o^*)
めちゃめちゃ励みになります。そうなんです。私も神人さんの影響で自分が楽に生きられるようになりました。
不思議と神人ライブ&神人講演会に行きだしてから運も良くなって来ているような気がするのです。
私も色々な罠に引っかかって来た人生でしたが、これからの私は違うと変な自信があるのです。
私目線の記事なので間違いもあるかも知れませんが、成長過程であると見守って頂けると助かります。
受け取れる所だけ受け取って頂けたら嬉しいです。これからもどうぞ宜しくお願い致します