浄化の必要性

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私が幼少期から不思議に思っていたこと

私の両親は、今は、二人とも他界しましたが、とても良い人だったと思います。父は真面目な人で、哲学的な思考を持ったところがありました。歴史から人の人生についても考える節がありました。私が子供の頃に自転車の乗り方を教えて貰ったことや、とげが入って取ってもらったり、危ない場所で遊んでいて、足にくぎが刺さり泣いて帰って、消毒をして貰ったりしたことが良い思い出です。口数が少なく人付き合いはあまり得意ではなかった父です。しかし、父のことを知る人からは信頼があったのではないでしょうか。山歩きが好きでキノコ採りが趣味な素朴な人でした。母は、父とは対照的で社交的で明るく、良く言えば少女のような人でした。悪く言えば世間知らずでちょっとわがままなところがある人でしたが、どこか憎めない性格で、私達の面倒をよく見てくれた愛情深い人でもありました。そんな二人でしたが、なぜか夫婦喧嘩が絶えないのが子供の頃から不思議に思っていたことでした。

両親は、仲が悪い訳ではありません。お互いに隠し事がないというか、腹の内を見せているので、お互いを信頼し合い、頼りにしていることは、長年近くから見て来ているので間違いないのですが、ただ喧嘩になると、近所迷惑になるのではないかと心配するくらい大声を張り上げたりして派手な喧嘩になることが度々ありました。時にどちらかが怪我をする程。お互い妥協をすることなくとことん喧嘩が繰り広げられ、それを見ていた幼い私達兄弟の心にもきっと傷になっている部分もあったと思います。喧嘩は子供達に対しては良い影響を与えない。それどころか不安や恐怖を与えてしまっているので悪影響でしかない。

私が中学生の頃の話です。台所で母が料理をしているのを手伝いながら何気なく父の悪口を言った時の事、それまで母は自分から父のことを悪く言うこともあったのですが、私が父のことを悪く言った瞬間、母は、父の擁護し始めました。覚えている母の言葉はこうです。

「お父さんは、いい人。お父さんの兄弟の中でも一番優しい。人間的に真面目でずるいところがない。この家の台所も広くて日の光が入るようにしたのは家族みんなが毎日集まって食事をする時間を大事にしたいお父さんの想いからこうなったのよ。お父さんはあまり話しをしないところがあるけど、お母さんがやりたいことが出来ているのはお父さんがああいう人だからよ。」みたいなことを言っていて父のことを一番良く理解している母なのだなと思ったものです。私は、多分兄弟の中でも母からの昔話を良く聞いてきた方だと思うので、父の苦労話も母の苦労話もいろいろ知っています。父がたまに道ばたの花を摘んで母にプレゼントしていたという話も母から聞いていたので、二人が実は仲が良かったということは知っていました。なのに原因が分らないですが、大きな喧嘩の後、何事もなく仲良くなったりしているのを見て、他の家もそうなのかな・・・?と不思議に思ってきたのです。

大喧嘩になるのは毎回決まって夜。喧嘩が原因で口に怪我をしてしまった母が、翌日台所の整理をしている時に私に言ったこと。「お母さんは弟だけ連れて家を出て行くから」

この言葉は、私に不安を与えました。「私は・・・?」私のことは置いていくの?悲しい気持ちになりましたが、そのことは聞きませんでした。いついなくなるのか暫くは気になって生活していたと思います。

母が家を出ることはなかったので、次第にそんなことを言われたことも忘れて行きました。

父と母の喧嘩の原因は何なのか、未だに良くわかりません。当事者しか知らないと思います。

ただ、母と私の過去の出来事を思い出しながら気付いたことがありました。もしかしたら、父と母との間でもひょっとしたらとこうだったのかな?と最近思うようになったことがあります。

少しずつヒントはあったのかも

母と私について振り返ってみます。

私が小学生4年生の頃に、母から叱られた時のことです。私が何かをしたので叱られたと思うのですが・・・

叱られることになった原因の部分だけ言われるのなら私も納得してその部分を直すと思うのですが、反省して直した後も母の機嫌が収まらずぶつぶつと昔のことまで遡って叱るというよりは粗探しして問題にして人格までも否定して、こちらがムカムカすることを次から次へと言って止めないということがありました。ムカムカした私は、我慢が出来なくなって、窓ガラスをたたいて割りました。(最初から窓ガラスを割る意図はなかったのですが、結果的に割れてしまった)

窓ガラスを割ってしまったので、また叱られると身構えてしまったのですが、不思議とぶつぶつが止み、黙ってガラスの破片を片付け始める母がいました。

何であれほど、ボロボロに言っていたのに突然、あらあらと破片を拾い始め、拾い終わると何事もなかったかのようになる。窓ガラスを割ったことに対しては叱られないので不思議に思うことがありました。

そんなことが何度かあります。

何度か嫌な思いをすると私も考えた様で、母のぶつぶつが始まると家の外に出て、ぶつぶつを聞かないようにしました。しばらく外で遊んでから家に入ると、母の機嫌は直っていることが多かったです。

しかし、中学の頃受験勉強中に、母のぶつぶつが始まり、別の部屋に居るのに、私に聞こえるようにわざと言っているのかと思う程、大きい声で嫌がらせのようにしてぶつぶつが止まないことがありました。この時、何となくですが、私が近くにいるとぶつぶつを止めないのかなと思ったことがありました。

その時、母に対して憎しみみたいな感情を抱いたのを覚えています。確か、我慢が出来なくて、問題集の裏にその時の母に対する怒りみたいな気持ちを書きました。

(今考えると自分の気持ちが恐いです。)

恐らく母と私の状況と、父と母の状況も似たような感じだったのでは・・・?

母から父に向かっていったのではないか・・・?だから普段大人しい父も爆発していたのかも知れないと思いました。

何となく変だなと思っていたこと

「喧嘩する程仲が良い」とはいいますが、喧嘩はなるべくならしない方が良いと私は思います。

確かに遠慮して言いたいことも言えない関係より、遠慮なく言いたいことを言える関係の方が良いとも思いますが、何でもかんでも言い合うというのは考え物です。言葉がエスカレートさせることも多いですから。黙ることも時には必要です。

それと、他に気になったことがありますのでいくつか書き出します。

母のことを話すと母は、霊感が強い人で、幽体離脱も何度か経験のある人です。私が今思うのは母は霊媒体質で霊に憑依されていたのかも知れないな。母がトラブルを引き起こしていることに自分では気付いていなかったのではないか。

子供の頃、母はいつも、肩が重い、首の後ろが重いと訴えていたので、その度に背中から首の後ろなどマッサージしてあげました。

母は目つきが変わることがあった。イライラすることが年々増えて行った。他人に何かをして貰った時にありがとうと言わなくなった。年を取る毎にわがままになって行く。いつ頃からなのか人の忠告を聞かない。話しがかみ合わなくなっていた。

私は母を尊敬しているので、理想の母親像は私の母です。自分の子供にも同じように伸び伸びと育てたいと思って子育てをして来ました。なので、話しがかみ合わなくなってきてからは、母と話しをしてもあまり面白くなかったし、喧嘩になることも多くてどうしてこうなのかなと思ったりしていました。昔の母と変わってしまったなと何となく思っていました。

私が幼少期から病気の時に見ていた物

小学校に上がる前だったと思います。風邪を引いて熱を出して寝込むと大体見えるものがありました。こびとらしいものも一回だけ見たことがあり、風邪を引くとまたこびとが出てくるかも知れないと思ってちょっとした楽しみになっていたことがあります。こびとはそれ以来見れなくなりましたが、その代わりに壁に煙りのようなものが浮かび上がり、それがだんだんと形を変え、男の人と女の人のような感じを受け、それが混ざり合っている様子から喧嘩を連想したことがありました。

お正月に必ず神社に行って父が買ってくるもの。家内安全のお守り。毎年のように必ず神棚に置いてあったので、父は家族円満を願っていたのは良く分ります。なのに自ら大喧嘩をして不和を生み出してきたのはどうしてだろう・・・?

結論

今、これらのことを振り返って思う事。「喧嘩の裏に悪霊あり」これが答えではないかと思います。

少し前までは、ぶっ飛んだ話しだと誰しも思ったかも知れない。しかしです・・・

窓ガラスの割れる大きい音で悪霊が母から離れて、母のぶつぶつが止んだと考えると腑に落ちます。

そして、今の時代は悪い者の正体が明らかになる時代が到来している。

何か心にわだかまりを抱えている方がいたら、こちらの本を是非読んでみて下さい。

私も許せないと思っていた相手がいて、もう二度と会うもんかなんて思っていたのですが、自分で理解できると相手を許そうという気持ちが出て来てすこしずつ心が変わってきました。

これが浄化なんだなと実感しました。中々自分では心を変えることが難しかったですが、確かに変わります。私にとってもとても必要な浄化の本ですが、皆さんにとっても多分必要な本だと思います。

みんなが優しい気持ちになれたら世界も変わると思います。

希望ですね。

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